当館では、日本の航空技術の発達を担った重要な航空機100種類を25分の1スケールで精巧に再現した模型を、常時展示しています。

各画像をクリックすると、大きな画像と説明文が見られます。

〈1〉 アンリ・ファルマン1910型複葉

明治43年12月19日 徳川大尉はフランスより購入した本機により代々木練兵場にてわが国初の動力飛行に成功。記録は高度70m、距離3km、飛行時間4分、時速53kmであった。

製造
明治43年(1910年)
座席
2
最大速度
65km/h
航続力
4h
全幅
10.5m
全長
12m

〈2〉 会式(徳川式)1号機

アンリ・ファルマン機を参考に徳川大尉が主務者となって開発した国産初の陸軍機。輸入機に比べ性能も全く遜色なく、徳川式とも呼ばれ練習機として使用された。

製造
明治44年(1911年)
座席
2
最大速度
72km/h
航続力
3h
全幅
11m
全長
11m

〈3〉 ブレリオⅪ(11)-2ビス単葉機

鳥のような珍しい水平尾翼を持ち、小型で軽快な運動性を誇った。原型機は1909年(明治42年)7月25日 世界最初の英仏海峡横断に、ブレリオ自身の操縦で成功した名機。

製造
明治44年(1911年)
座席
2
最大速度
115km/h
航続力
3h
全幅
11m
全長
8.3m

〈4〉 カーチス水上機

アメリカのグレン・カーチスが開発した水上機。操縦輪を前後に動かして昇降舵を、左右に回して方向舵を、また座席を腰で左右に動かし上下翼の間に付けた補助翼を操作した。

製造
大正元年(1912年)
座席
2
最大速度
80km/h
航続力
3h
全幅
11.35m
全長
8.46m

〈5〉 奈良原式 4号"鳳"号

奈良原男爵自ら製作した奈良原式2号機は明治44年5月 わが国初の民間国産機として初飛行に成功。改良を加えた第4号機"鳳"号は民間航空界初の有料公開飛行を日本各地で行い、大成功を収めた。

製造
明治45年(1912年)
座席
2
最大速度
70km/h
航続力
2.5h
全幅
11.4m
全長
9.5m

〈6〉 ルンプラー・タウベ単葉機

帝国飛行協会は主翼も尾翼も鳩そっくりの形をした本機をドイツから購入した。大正3年6月の第1回民間飛行大会では1時間34分25秒の航続記録を出すなど、当時民間機として抜群の高性能を誇った。

製造
大正3年(1914年)
座席
2
最大速度
120km/h
航続力
4h
全幅
14m
全長
10.4m

〈7〉 伊藤式 恵美1号

伊藤音次郎は独力でトラクター式複葉機を完成させ、大正4年11月 初飛行に成功。当時、民間機のレベルでは画期的な稲毛海岸(千葉県)からの帝都(東京)訪問飛行に成功した。

製造
大正4年(1915年)
座席
2
最大速度
75km/h
航続力
2h
全幅
11.5m
全長
6.65m

〈8〉 横廠式ロ号甲型水上偵察機

海軍の馬越大尉の設計で総生産機218機。追浜(神奈川県)~佐世保(長崎県)間、往復2,600kmのコースを11時間32分という当時としては画期的な記録で飛行した。

製造
大正6年(1917年)
座席
2
最大速度
156km/h
航続力
5h
全幅
15.69m
全長
10.16m

〈9〉 モ式 6型 偵察機

本機の原型はアンリ・ファルマンの弟、モーリス・ファルマンが製作。陸軍ではこれを改造し、大正6年 制式採用。2人乗りで高度2,800mの高度記録をつくるなど、偵察機、練習機として使用された。

製造
大正6年(1917年)
座席
2
最大速度
110km/h
航続力
5h
全幅
16.13m
全長
9.23m

〈10〉 ニューポール24(甲式3型)戦闘・練習機

陸軍は機材の近代化を図るため、最新の本機をフランスから輸入し、国産化した。すぐれた運動性をもち、アクロバット飛行もできる陸軍初の国産制式戦闘機。

製造
大正6年(1917年)
座席
1
最大速度
180km/h
航続力
2h
全幅
8.22m
全長
5.67m

〈11〉 ソッピース・パップ戦闘機

第1次大戦中期のイギリスの代表的戦闘機。翼面荷重が小さく、離陸特性にすぐれ、水上機母艦若宮からわが国初の発艦試験に成功。大正10年には、連続宙返り456回の世界記録も樹立した。

製造
大正7年(1918年)
座席
1
最大速度
177km/h
航続力
2h
全幅
8.08m
全長
5.89m

〈12〉 サルムソン2A2(乙式1型)偵察機

陸軍はフランスからフォール大佐を団長とする航空教育団が来日したのを機会に本機を導入。がん丈な構造でエンジンの信頼性も高く、民間機としても長く活躍した。

製造
大正8年(1919年)
座席
2
最大速度
186km/h
航続力
3h
全幅
11.76m
全長
8.51m

〈13〉 スパッドS13(丙式1型)戦闘機

第1次大戦末期におけるフランス主力戦闘機。ファール教育団の来日を期に陸軍が4機購入。主翼翼組が最大の特徴。大正9年には、第2回懸賞郵便飛行に優勝するなど活躍した。

製造
大正8年(1919年)
座席
1
最大速度
209km/h
航続力
2h
全幅
8.2m
全長
6.3m

〈14〉 中島式5型練習機

日本人の設計による初の陸軍制式機となり、民間工場製の国産機としては前例のない100機という大量注文を受けた。中島飛行機会社の基礎を築いた記念すべき機体である。

製造
大正9年(1920年)
座席
2
最大速度
128km/h
航続力
4h
全幅
12.6m
全長
7.05m

〈15〉 アヴロ504K練習機

第1次大戦当時のイギリスの代表的練習機。陸軍に続いて海軍がセンピル英国航空教育団を招へいしたとき教材機として導入。性能や実用性にすぐれ、海軍の初級練習機として制式採用された。

製造
大正10年(1921年)
座席
2
最大速度
137km/h
航続力
3h
全幅
10.97m
全長
8.81m

〈16〉 ファルマンF-60(丁式2型)爆撃機

陸軍はフランスの大型旅客輸送機ゴリアート(乗員2、乗客12)の搭載量が大きいことに注目し、これを爆撃機に改装させて輸入。胴体や翼端を直線にするなど、空力的にはなかなか斬新であった。

製造
大正10年(1921年)
座席
4-5
最大速度
156km/h
航続力
4h
全幅
26.52m
全長
14.37m

〈17〉 F-5号飛行艇

センピル英国航空教育団の来日とショート社の指導を受けて国産化された本機は、大正から昭和初期にかけて海軍の主力飛行艇として活躍。後の大型飛行艇発達の基礎となった。

製造
大正10年(1921年)
座席
7
最大速度
170km/h
航続力
8h
全幅
31.59m
全長
15.03m

〈18〉 10式艦上戦闘機

英国人、スミス技師の設計とはいえ、三菱が造った海軍初の国産艦上戦闘機。昭和3年までに128機製造され、海軍の主力機として活躍。大正12年には日本人が初めて航空母艦へ着艦。

製造
大正10年(1921年)
座席
1
最大速度
213km/h
航続力
2.5h
全幅
8.8m
全長
6.9m

〈19〉 10式艦上雷撃機

わが国唯一の三葉機で、三菱が製造し、初の国産雷撃機として制式採用された。コンパクトな機体ではあったが空気抵抗が大きくてスピートがでず、20機の生産にとどまった。

製造
大正11年(1922年)
座席
1
最大速度
209km/h
航続力
2.3h
全幅
13.26m
全長
9.78m

〈20〉 白戸式37型

原愛次郎が高速度競技用に設計した白戸研究所最高の傑作機。速度を増すために翼面積を減らしたり、翼間支柱を左右一対にするなど工夫をこらした。ホームビルド機の手法により造られた自家用機。

製造
大正10年(1921年)
座席
2
最大速度
161km/h
航続力
4.5h
全幅
9.15m
全長
6.86m

〈21〉 ハンザ式水上偵察機

本機はハインケル博士設計の水偵機をモデルに国産化したもので、丈夫で取扱いが簡単なため昭和初期まで海軍の主力機として活躍。退役後も民間の安藤飛行機研究所などで訓練、宣伝飛行等に使用された。

製造
大正11年(1922年)
座席
2
最大速度
168km/h
航続力
4h
全幅
13.57m
全長
9.29m

〈22〉 川西K-6型春風号水上輸送機

関口英二技師設計による川西機械初の傑作水上機。大正13年7月 毎日新聞社他の主催による日本一周飛行(4,395km)を本機は実飛行時間33時間48分で完翔、優れた実用性を実証した。

製造
大正12年(1923年)
座席
3
最大速度
155km/h
航続力
4h
全幅
13.6m
全長
10.4m

〈23〉 ニューポール29C1(甲式4型)戦闘機

陸軍は大正12年 木製モノコック構造で300馬力の強力エンジンを持ちフランス軍の主力戦闘機に選ばれた本機を輸入。甲式4型として制式採用し、600機生産した。上昇力や運動性に優れ陸軍の主力機となった。

製造
大正12年(1923年)
座席
1
最大速度
232km/h
航続力
2h
全幅
9.7m
全長
6.5m

〈24〉 13式艦上攻撃機

三菱が大正10年に製作した10式艦上雷撃機を発展させ、海軍初の攻撃機として完成させた。雷撃、爆撃の他、偵察機としても使われ万能機として長年使用された。

製造
大正13年(1924年)
座席
3
最大速度
198km/h
航続力
5h
全幅
14.78m
全長
10.13m

〈25〉 川西K-7A型水上輸送機

川西が日本一周飛行の成功で声価を高めたK-6型に次いで開発した高性能水上輸送機。民間自主開発時代の飛行機としてはわが国航空界を通じての最高傑作機である。

製造
大正13年(1924年)
座席
6
最大速度
195km/h
航続力
6h
全幅
12m
全長
11m

〈26〉 ブレゲー19 偵察・長距離機

1922年 フランスで初飛行、数々の長距離記録飛行を達成した傑作機。朝日新聞社は本機を2機輸入、"初風"、"東風"と命名し、両機によりわが国初の訪欧長距離飛行に成功した。

製造
大正14年(1925年)
座席
2
最大速度
220km/h
航続力
4h(最大10h)
全幅
14.8m
全長
9.5m

〈27〉 14式水上偵察機 E1Y1~3

横須賀海軍工廠で試作した10式水偵を改修し、重量軽減と安定性の向上を図って本機を完成させた。性能、実用性とも高く評価され、3座水偵の基礎を確立。

製造
大正14年(1925年)
座席
3
最大速度
189km/h
航続力
1,160km
全幅
14.23m
全長
10.74m

〈28〉 15式飛行艇 H1H1~3

広海軍工廠はF-5飛行艇の後継機として性能を大幅に向上させた本機を完成。昭和4年には横須賀~サイパン島間往復4,000kmの長距離飛行に成功するなど、性能の優秀さを遺憾なく発揮した。

製造
大正15年(1926年)
座席
5
最大速度
171km/h
航続力
14.5h
全幅
22.98m
全長
15.48m

〈29〉 ドルニエ ワール飛行艇

エンジン2基を前後串型にして主翼上に配置した全金属製艇体飛行艇で、昭和2年に再度輸入、瀬戸内海航路などに就航した。その後のわが国の金属製機体の製造方法に多大の影響を与えた。

製造
大正13年(1924年)
座席
3+9~12
最大速度
230km/h
航続力
8h
全幅
22.5m
全長
17.84m

〈30〉 88式偵察機

偵察機型及び軽爆撃機型の総生産機数は1,100機にのぼり、昭和初期の最大量産機となった。陸軍初の全金属製骨組機で、堅実な設計により多用途に、長期間使用された。

製造
昭和2年(1927年)
座席
2
最大速度
220km/h
航続力
1,200km
全幅
15m
全長
11.5m

〈31〉 3式艦上戦闘機A1N1~2

中島飛行機が英国のグロスター社に試作発注したもので、離着陸性能や軽快な運動性に優れ、格闘性能は当時日本随一を誇った。

製造
昭和2年(1927年)
座席
1
最大速度
230km/h
航続力
370km
全幅
9.7m
全長
6.25m

〈32〉 フォッカー スーパーユニヴァーサル輸送機

フォッカー社伝統の全木製合板張りの片持翼、胴体や尾翼が鋼管溶接骨組みに羽布張りの本機が、昭和4年に6機アメリカから輸入され、日本航空輸送株式会社の本格的な定期旅客輸送が開始された。

製造
昭和4年(1929年)
座席
2+6
最大速度
248km/h
航続力
5h
全幅
15.43m
全長
11.09m

〈33〉 石川島R-3軽飛行機

日本の軽飛行機の分野で当時世界水準に達した唯一の複座練習機。昭和6年 学生航空連盟は本機「青年日本号」により、羽田~ローマ間13,926kmを全飛行時間126時間35分で翔破した。

製造
昭和4年(1929年)
座席
2
最大速度
170km/h
航続力
3h
全幅
9.8m
全長
7.5m

〈34〉 90式2号飛行艇 H3K2

川西が英国ショート社に設計試作を発注し国産化した全金属製の大型飛行艇。性能、実用性ともにすぐれ長大な航続力を誇った。「飛行艇の川西」の名の基礎を築いた機体でもある。

製造
昭和5年(1930年)
座席
8
最大速度
255km/h
航続力
15.5h
全幅
31.09m
全長
22.55m

〈35〉 90式艦上戦闘機A2N1~3

日本人が設計し、初の世界レベルに達した艦上戦闘機。また本機を使用して源田、岡村、野村トリオによるアクロバット飛行は"源田サーカス"として有名であった。

製造
昭和7年(1932年)
座席
1
最大速度
292km/h
航続力
500km
全幅
9.37m
全長
6.18m

〈36〉 91式戦闘機

中島がフランス人技師の指導により製造したパラソル型高翼単葉機。高速性、操縦性とも高く評価され、昭和6年陸軍初の国産戦闘機として制式採用された。

製造
昭和6年(1931年)
座席
1
最大速度
300km/h
航続力
2h
全幅
11m
全長
7.27m

〈37〉 93式双発軽爆撃機 キ-2

ユンカースK-37型をモデルに三菱が開発した日本初の全金属製双発軽爆機。本機を改造した朝日新聞の"鵬"型通信機は日本~タイ間4,930kmを21時間30分で飛行。長距離、高速飛行に威力を発揮した。

製造
昭和8年(1933年)
座席
3
最大速度
255km/h
航続力
900km
全幅
19.96m
全長
12.6m

〈38〉 93式中間練習機 K5Y1~5

空技廠と川西が協力して製造した本格的な練習機。生産機数は5,591機にのぼり、海軍搭乗員養成の主力機として使用され、水上機型も含め赤トンボの名で親しまれた。

製造
昭和8年(1933年)
座席
2
最大速度
219km/h
航続力
670km(5.1h)h
全幅
11m
全長
8.05m

〈39〉 94式(2型)水上偵察機 E7K1~2

巡航速度が160km/hと低速ではあったが実用性能は高く、当時あらゆる点で他に類をみない傑作機で第2次大戦初期まで活躍した。川西初の制式量産機であり、ドイツ海軍が非常に入手に努力したのも本機。

製造
昭和8年(1933年)
座席
3
最大速度
278km/h
航続力
2,460km
全幅
14m
全長
10.41m

〈40〉 94式艦上爆撃機 D1A1

海軍初の急降下爆撃機として採用された本機は愛知時計がハインケル社の指導のもとに開発したもので、生産機数こそ162機と少ないが、90度の垂直急降下など、飛行特性や信頼性の優れた機体。

製造
昭和9年(1934年)
座席
2
最大速度
280km/h
航続力
5.7h
全幅
11.37m
全長
9.4m

〈41〉 95式戦闘機 キ-10

優れた上昇力と軽快な運動性を併せもった陸軍最後の複葉戦闘機。海軍の95式艦戦とともに当時の世界水準に達した機体。

製造
昭和10年(1935年)
座席
1
最大速度
396km/h
航続力
1,100km
全幅
10.02m
全長
7.55m

〈42〉 95式1型中間練習機 キ-9

陸軍パイロットのほとんどが飛行体験を持った練習機で、赤橙色にぬられたことから陸軍の赤トンボの愛称で親しまれた。実用性が高く昭和17年まで生産が続けられた。

製造
昭和10年(1935年)
座席
2
最大速度
240km/h
航続力
3.5h
全幅
10.32m
全長
7.53m

〈43〉 95式3型初級練習機 キ-17

石川島は翼面荷重が小さく、手放しでも上昇飛行ができる初級練習機を95式中練に続き完成させた。生産機数は約660機で、民間用にも転用され活躍した。

製造
昭和10年(1935年)
座席
2
最大速度
174km/h
航続力
4h
全幅
9.82m
全長
7.85m

〈44〉 96式艦上戦闘機 A5M1~4

わが国初の沈頭鋲をベースに低翼単葉方式を採用した近代的戦闘機。性能面においても世界のトップレベルを凌駕し、外国の航空技術の模倣から完全に脱却した記念すべき機体である。

製造
昭和10年(1935年)
座席
1
最大速度
435km/h
航続力
1,200km
全幅
11m
全長
7.57m

〈45〉 97式飛行艇 H6K1~5

飛行艇製造で多くの実績を持つ川西は、安定性、操縦性に優れた国産初の大型飛行艇を開発。海洋哨戒のほか、民間型は南方路線の定期便に就航し、活躍した。また映画「南海の花束」のモデルである。

製造
昭和11年(1936年)
座席
9
最大速度
339km/h
航続力
21.6h
全幅
40m
全長
25.63m

〈46〉 AT-2 旅客輸送機

中島がDC-2型などの構造をモデルに設計した中型輸送機。本機の特長は前面ガラスの傾斜が普通のタイプとは逆方向になっていて、気流の流れを滑らかにした点にある。満航、日航などの定期路線に就航した。

製造
昭和11年(1936年)
座席
3+8~10
最大速度
360km/h
航続力
1,200km
全幅
19.95m
全長
15.3m

〈47〉 97式重爆撃機 キ-21

陸軍の重爆撃機は従来、フランス・ドイツの技術を多く導入してきたが、新重爆の開発にあたり三菱は中島のエンジンを装備した機体を完成。

製造
昭和11年(1936年)
座席
7
最大速度
486km/h
航続力
2,700km
全幅
22.5m
全長
16m

〈48〉 97式艦上攻撃機 B5N1~2

中島は全金属製で恒速性可変ピッチプロペラ、単発機として初めての引込脚などの新機構を採用した本機を開発。

製造
昭和11年(1936年)
座席
3
最大速度
377km/h
航続力
1,091km
全幅
15.52m
全長
10.3m

〈49〉 97式戦闘機 キ-27

中島は機体重量軽減のため、主翼と胴体前部を一体とし、後部胴体とボルトで結合する独創的な方法で本機を製造。優れた運動性を持っていた。

製造
昭和12年(1937年)
座席
1
最大速度
450km/h
航続力
627km
全幅
11.3m
全長
7.53m

〈50〉 三菱雁型"神風" キ-15

朝日新聞は陸軍の高速偵察連絡機として試作された2号機の払い下げを受け、"神風"と命名。南回りで東京~ロンドン間15,357kmを94時間17分56秒で飛び、FAI公認都市間連絡飛行の国際記録を樹立した。

製造
昭和12年(1937年)
座席
2
最大速度
480km/h
航続力
2,400km
全幅
12m
全長
8.49m

〈51〉 航空研究所試作長距離機(航研機)

東京帝国大学航空研究所が主力となって試作した長距離飛行用研究機。昭和13年5月 周回航続距離10,651.011kmの世界記録と10,000kmコース速度186.92km/hの国際記録を樹立した。

製造
昭和12年(1937年)
座席
2~3
最大速度
180~200km/h
航続力
13,000km
全幅
27.93m
全長
15.06m

〈52〉 ダグラスDC-3 輸送機

全金属製、応力外皮構造、引込脚、フラップつき片持低翼単葉の近代的な機体で、巡航速度、航続距離とも抜群であった。わが国でも零式輸送機として487機が生産された。

製造
昭和13年(1938年)
座席
5+21
最大速度
394km/h
航続力
3,900km
全幅
28.95m
全長
19.72m

〈53〉 98式直接協同偵察機 キ-36

地上部隊に直接協力することを目的に開発された本機は、不整地における使用及び、整備を容易とするため固定脚・低翼方式を採用。生産数は合計1,000機を超えた。

製造
昭和13年(1938年)
座席
2
最大速度
349km/h
航続力
1,100km
全幅
11.8m
全長
8m

〈54〉 99式艦上爆撃機 D3A1~2

愛知時計電機が設計した初の金属製低翼単葉艦上急降下爆撃機。試作機を含めた総生産機数は1,492機であった。

製造
昭和13年(1938年)
座席
2
最大速度
387km/h
航続力
2,530km
全幅
14.4m
全長
10.2m

〈55〉 99式双発軽爆撃機 キ-48

川崎航空機初の双発機。機動性に重点を置くとともに量産を考慮した実用性に富んだ機体。合計2,000機に近い機体が生産された。

製造
昭和14年(1939年)
座席
3
最大速度
505km/h
航続力
2,400km
全幅
17.47m
全長
12.88m

〈56〉 ニッポン号(96式中型陸上攻撃機) G3M2

毎日新聞社は、海軍の96式中型攻撃機を借り、本機を長距離機に改造し、"ニッポン号"と命名。昭和14年10月、56日間で世界一周飛行に成功した。全航程52,860km、実飛行時間194時間。

製造
昭和14年(1939年)
座席
7
最大速度
378km/h
航続力
5,000km
全幅
25m
全長
16.5m

〈57〉 100式司令部偵察機 キ-46

"新司偵"の名で知られる本機はデビュー当時、高速性を誇り、広範囲に亘る偵察任務に使用された。薄い主翼、スリムで線の美しい胴体などを組み合わせた流麗な外形。

製造
昭和14年(1939年)
座席
2
最大速度
604km/h
航続力
2,470km
全幅
14.7m
全長
11m

〈58〉 100式輸送機(MC-20) キ-57

本機は新型重爆として陸軍に採用された97式重爆の胴体を改設計したもので、陸軍輸送機の主力として使用。また、民間型のMC-20は本格的な国産高速旅客機として定期路線に就航した。

製造
昭和15年(1940年)
座席
4+11
最大速度
430km/h
航続力
1,500km
全幅
22.6m
全長
16.1m

〈59〉 零式水上観測機 F1M1~2

本機は複葉単浮舟構造でありながら軽快な運動性を持ち、主として戦艦、巡洋艦等に搭載され観測、偵察、哨戒任務に使用された。非常にスマートな外形を誇った。

製造
昭和11年(1936年)
座席
2
最大速度
370km/h
航続力
740km
全幅
11m
全長
9.5m

〈60〉 零式3座水上偵察機 E13A1

海軍が制式採用した初の低翼単葉水偵で、1,350機生産された。優れた航続力を持ち、艦載用のほか基地でも使用された。

製造
昭和14年(1939年)
座席
3
最大速度
375km/h
航続力
3,320km
全幅
14.5m
全長
12m

〈61〉 零式艦上戦闘機(52型) A6M1~8

"ゼロファイター"の名で世界にその名を馳せる本機の生産機数は、わが国最高の10,550機にのぼった。優れた操縦性、運動性、長大な航続力、及び強力な火力を持ち、その性能は文句なく世界No.1であった。

製造
昭和14年(1939年)
座席
1
最大速度
565km/h
航続力
2,375km
全幅
11m
全長
9.12m

〈62〉 1式戦闘機"隼" キ-43

零戦と共に、第2次大戦初期の日本の戦闘機を代表する機体。優れた運動性と実用性を持ち、5,751機生産された。

製造
昭和13年(1938年)
座席
1
最大速度
515km/h
航続力
1,620km
全幅
10.84m
全長
8.92m

〈63〉 1式陸上攻撃機 G4M1~3

胴体が葉巻型のユニークな外観をした双発機。その航続性能は抜群で、双発機でありながら4発機に匹敵する程であった。

製造
昭和14年(1939年)
座席
7
最大速度
437km/h
航続力
2,500km
全幅
25m
全長
20m

〈64〉 艦上爆撃機"彗星" D4Y1~5

空技廠が主体となって設計試作したもので、戦闘機並みの高速性を誇った。しかしながら重量軽減と複雑な構造のため量産化が遅れた。

製造
昭和15年(1940年)
座席
2
最大速度
552km/h
航続力
2,600km
全幅
11.5m
全長
10.22m

〈65〉 2式単座戦闘機"鐘馗" キ-44

高速性、上昇力に重点をおいて開発された機体。5,000mまで4分30秒の上昇力は、乗り慣れたパイロットからの評価は高かった。

製造
昭和15年(1940年)
座席
1
最大速度
605km/h
航続力
約900km
全幅
9.45m
全長
8.9m

〈66〉 2式大型飛行艇 H8K1~3

川西の技術の集大成として開発され、当時の世界水準を大きく抜いた長距離飛行艇として航空史に"2式大艇"と名を馳せた機体。

製造
昭和16年(1941年)
座席
9
最大速度
455km/h
航続力
24.1h
全幅
38m
全長
26.8m

〈67〉 2式複座戦闘機"屠竜" キ-45改

爆撃機の長距離援護用に開発された陸軍初の本格的な双発重戦闘機。川崎航空機が開発し、性能及び操縦安定性ともに良好な機体。

製造
昭和16年(1941年)
座席
2
最大速度
540km/h
航続力
2,000km
全幅
15.02m
全長
11m

〈68〉 2式水上戦闘機 A6M2-N

零戦を水上機化し、陸上基地のない南方諸島で行動できる戦闘機として開発されたのが本機である。大きなフロートを付けたため性能は低下したが、船団護衛や防空戦闘機として使用されたた。

製造
昭和16年(1941年)
座席
1
最大速度
435km/h
航続力
1,780km
全幅
12m
全長
9.12m

〈69〉 3式戦闘機"飛燕" キ-61

ドイツから輸入したDB-601液冷エンジンを国産化して装備した中型戦闘機で、すぐれた運動性と高速性を持ち、バランスのとれた機体。

製造
昭和16年(1941年)
座席
1
最大速度
580km/h
航続力
1,800km
全幅
12m
全長
8.94m

〈70〉 艦上攻撃機"天山" B6N1~3

97艦攻の後継機として開発された機体で速度、航続距離とも大幅に向上した。中島飛行機製で、総生産機数は1,268機。

製造
昭和17年(1942年)
座席
3
最大速度
482km/h
航続力
1,744km
全幅
14.9m
全長
10.78m

〈71〉 局地戦闘機"雷電" J2M1~6

基地周辺の防空用戦闘機として開発され、高度6,000mまで6分14秒という上昇力を持つ。三菱の堀越技師の設計。

製造
昭和17年(1942年)
座席
1
最大速度
586km/h
航続力
1,820km
全幅
10.8m
全長
9.95m

〈72〉 A-26長距離機 キ-77

朝日新聞社が皇紀2,600年(昭和15年)を記念し、東京~ニューヨーク間無着陸飛行達成を目ざして造られた長距離機。戦時中のため満州で樹立した57時間12分に16,435kmの周回飛行記録は未公認に終った。

製造
昭和17年(1942年)
座席
6~8
最大速度
300km/h
航続力
18,000km
全幅
29.44m
全長
15.3m

〈73〉 4式重爆撃機"飛竜" キ-67

今までの陸軍重爆にない運動性と強力な火力、防弾防火設備に加え、魚雷攻撃もできる本機は635機生産された。軽爆以上に軽快に機動し、陸軍重爆の最高傑作機といわれる。

製造
昭和18年(1943年)
座席
6~8
最大速度
537km/h
航続力
3,800km
全幅
22.5m
全長
18.7m

〈74〉 4式戦闘機"疾風" キ-84

大出力エンジン「誉」を搭載し、抜群の運動性、重武装をもった高性能戦闘機で零戦、隼に次ぐ3,355機が量産された。戦後、米軍が行ったテストで689km/hの速度を出し、日本最優秀機の折り紙がつけられた。

製造
昭和17年(1942年)
座席
1
最大速度
624km/h
航続力
1,000km
全幅
11.3m
全長
9.7m

〈75〉 夜間戦闘機"月光" J1N1

爆撃機長距離援護の目的で開発、その後陸偵などに改造され七変化といわれた。夜間に多く使用されたことから「月光」と名付けられた。

製造
昭和18年(1943年)
座席
2
最大速度
507km/h
航続力
2,040km
全幅
17m
全長
12.2m

〈76〉 艦上偵察機"彩雲" C6N1~3

「誉」エンジンを装備し、長い航続力と抜群の高速性を持った海軍初の艦上偵察機。各部抵抗の減少、重量の軽減を図るため、随所に新機構を採り入れた。

製造
昭和18年(1943年)
座席
3
最大速度
610km/h
航続力
4,580km
全幅
12.5m
全長
11m

〈77〉 陸上爆撃機"銀河" P1Y1~6

海軍が総力をあげて開発した急降下爆撃機。速度、航続力、急降下性能は今までにない飛躍的なものであったが、非能率的な工作法と新技術の行程の複雑さが量産の支障となった。

製造
昭和18年(1943年)
座席
3
最大速度
546km/h
航続力
1,960km
全幅
20m
全長
15m

〈78〉 局地戦闘機"紫電改" N1K2-J

アメリカのグラマンF6Fと互角の性能を発揮した紫電の改良型で、部品数を35%減らして大量生産向きの機体にし、実用性、性能とも大幅に改善した機体。

製造
昭和19年(1944年)
座席
1
最大速度
594km/h
航続力
1,710km
全幅
11.99m
全長
9.35m

〈79〉 ロケット戦闘機"秋水" J8M1

日本の航空史上唯一のロケット推進機。原型はドイツのメッサーシュミットMe163Bで、高度1万mまで3分半、最高速度900㎞/h。

製造
昭和20年(1945年)
座席
1
最大速度
900km/h
航続力
4.5~6.5分
全幅
9.5m
全長
6.05m

〈80〉 ジェット特別攻撃機"橘花"

大戦中にわが国で開発され初飛行した唯一のターボジェット機。ドイツのメッサーシュミットMe262の資料をもとに開発された。

製造
昭和20年(1945年)
座席
1
最大速度
696km/h
航続力
940km
全幅
10m
全長
8.13m

〈81〉 川崎・ベル-47/KH-4ヘリコプター

昭和20年に原型機が米国で初飛行して以来、4,000機以上生産された初期の傑作ヘリコプター。川崎ではG‐3B型をモデルに昭和37年 性能向上させたKH‐4を製作し、量産化した。

製造
昭和27年(1952年)
座席
4
最大速度
169km/h
航続力
345km
全幅
11.32m
全長
13.3m

〈82〉 三菱・シコルスキー S-55ヘリコプター

三菱が28年からノックダウン契約で28機を組立て、その後72機を国産した。これらは陸・海・空の自衛隊のほか、海上保安庁の救難用や民間でも使用された。貨客室のスペースは革命的といわれる。

製造
昭和28年(1953年)
座席
2+10
最大速度
163km/h
航続力
650km
全幅
16.16m
全長
12.85m

〈83〉 富士・ビーチクラフト T-34 メンター練習機

ビーチクラフト社がボナンザ軽飛行機をもとに開発した初等練習機で、軽快な割に構造が頑丈で計器飛行や曲技飛行もできた。163機が国産化された。

製造
昭和29年(1954年)
座席
2
最大速度
302km/h
航続力
1,189km
全幅
10m
全長
7.9m

〈84〉 川崎・ロッキード T-33A 練習機

本機は米国をはじめ、日本、西欧諸国で使用され、ジェットパイロットなら一度は搭乗した経験を持つ寿命の長いジェット練習機。昭和31年1月から川崎でもライセンス生産を開始、これにより日本の航空工業界は再建の第一歩を踏みだした。

製造
昭和30年(1955年)
座席
2
最大速度
962km/h
航続力
1,760km
全幅
11.85m
全長
11.48m

〈85〉 三菱・ノースアメリカン F-86F戦闘機

アメリカ空軍初の後退翼をもつジェット戦闘機。三菱重工でも300機がライセンス生産された、航空自衛隊の主力戦闘機。また、ブルーインパルスでも使用された。

製造
昭和31年(1956年)
座席
1
最大速度
1,110km/h
航続力
650km
全幅
11.9m
全長
11.4m

〈86〉 富士LM・KM 航用機

富士重工がT-34をもとに開発した連絡用/練習用の機体で、陸上、海上自衛隊に採用された。昭和34年12月には高度9,917mまで上昇し、C-1-cクラスの国際高度記録を樹立した。

製造
昭和30年(1955年)
座席
4~5
最大速度
321km/h
航続力
1,314km
全幅
10m
全長
7.9m

〈87〉 富士T-1 練習機

戦後の航空界の空白期間後、わが国で初めて開発され、昭和33年1月 初飛行した中級ジェット練習機。低速特性のよい厚い翼型と後退翼を組み合せ、すぐれた操縦性能を発揮した。生産機数は66機。

製造
昭和33年(1958年)
座席
2
最大速度
777km/h
航続力
850km
全幅
10.5m
全長
12.12m

〈88〉 富士・ベルHU-1B/204Bヘリコプター

原型機は1956年(昭和31年)初飛行。民間型仕様が204Bで、富士が国産化した中型ヘリコプター。簡単な構造で信頼性も高く、自衛隊、民間など多用途に使用されている。

製造
昭和37年(1962年)
座席
10
最大速度
204km/h
航続力
352km
全幅
13.41m
全長
13m

〈89〉 川崎・バートルV-107ヘリコプター

原型機は1958年(昭和33年)初飛行。タンデムローター方式の輸送用ヘリ。胴体両側の浮舟は燃料タンクとして利用、また水密化胴体は水陸両用機の性能をもち、民間のほか陸・海・空自衛隊で使用されている。

製造
昭和37年(1962年)
座席
32
最大速度
265km/h
航続力
389km
全幅
15.24m
全長
13.59m

〈90〉 YS-11 輸送機

戦後わが国初の双発ターボプロップ輸送機。昭和37年8月、名古屋空港で初飛行に成功し、182機生産。うち79機が輸出された。機名は輸送のY、設計のS、機体番号の1、エンジン番号の1を組合せYS-11とした。

製造
昭和37年(1962年)
座席
60~64
最大速度
459km/h
航続力
1,280km
全幅
32m
全長
26.3m

〈91〉 三菱MU-2 ビジネス機

戦後の国産民間機の中で最も成功した機体で、昭和38年9月 初飛行。700機以上生産され世界各国に輸出された。特徴は主翼にダブル・スロッテッド・フラップを付けSTOL性を持たせたことにある。

製造
昭和38年(1963年)
座席
7~9
最大速度
562km/h
航続力
2,700km
全幅
11.95m
全長
10.13m

〈92〉 富士FA-200 エアロスバル軽飛行機

操縦訓練や空のドライブができ、スポーツ機として曲技飛行もできる多用途軽飛行機。わが国の飛行クラブはもとより海外にも多く輸出された。東京~札幌間(1,000km)を飛べる航続力をもっている。

製造
昭和40年(1965年)
座席
4
最大速度
234km/h
航続力
7.6h
全幅
9.4m
全長
8m

〈93〉 川崎・ロッキード P2J対潜哨戒機

原型機P2Vは1945年(昭和20年)初飛行。昭和33年 海上自衛隊は米軍からP2V-7 ネプチューンの供与を受けた。本機はこれを改作したもので83機新造。昭和50年代の対潜哨戒の主力機として使用された。

製造
昭和41年(1966年)
座席
12
最大速度
556km/h
航続力
1,300km
全幅
30.9m
全長
29.7m

〈94〉 新明和PS-1 対潜哨戒飛行艇

川西の97式や2式大艇の流れを受け継いで開発された本機は、着水速度91km/h、失速速度74km/h、風速25m、波高3mでも安全に離着水できる耐波性をもち、離水時間わずか6~7秒という世界に類のない性能を持った機体。

製造
昭和42年(1967年)
座席
12
最大速度
546km/h
航続力
4,090km
全幅
33.15m
全長
33.46m

〈95〉 川崎C-1 輸送機

日本航空産業界全体が参加して製作された機体で、川崎重工が最終組立てを行い昭和45年11月 初飛行。高速性とSTOL性能を併せ持った戦術輸送機。

製造
昭和45年(1970年)
座席
5+60
最大速度
680km/h
航続力
1,300km
全幅
30.6m
全長
29m

〈96〉 日大式ストークB 人力機

日本大学理工学部航空科学生の卒業研究として研究されてきたエンジンを使わず人力で飛行する機体。機体構造は比重の小さいバルサ材、発砲スチロール等を使った軽量な骨組みに和紙を張ってある。

製造
昭和51年(1976年)
座席
1
最大速度
31km/h
航続力
2.1km
全幅
21m
全長
8.85m

〈97〉 三菱F-1 戦闘機

日本最初の国産超音速機T-2練習機の後席のスペースに、電子機器を装備強化した対地/対艦支援戦闘機で、T-2同様、スポイラーだけで通常のエルロン操作が行われている。

製造
昭和52年(1977年)
座席
1
最大速度
1,720km/h
航続力
1,100km
全幅
7.88m
全長
17.85m

〈98〉 三菱MU-300 ジェットビジネス機

わが国初のビジネス・ジェット機として開発され欧米の同型に勝るとも劣らない高性能機。販売権その他の事情からビーチクラフト社に製造、販売の権利を売却された。同機はビーチジェットの名でセールスされている。

製造
昭和53年(1978年)
座席
2+9
最大速度
805km/h
航続力
2,320km
全幅
13.23m
全長
14.73m

〈99〉 川崎・MBB BK117ヘリコプター

メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社と川崎重工業が共同開発した双発多用途ヘリコプター。コクピット、客室、貨物室を同じ平面に配置するなど、実用性を考慮した設計で、メインローターはベルコウ社独特の無関節型。

製造
昭和54年(1979年)
座席
8
最大速度
277km/h
航続力
545km
全幅
11m
全長
9.88m

〈100〉 ボーイング 767-300 輸送機

ボーイング社が主体となって最新技術を各部に盛り込み開発した中距離輸送機。日本もイタリアと共に共同開発に参画、それぞれ15%を分担。あらゆる点で従来のジェット機の性能を上回り、第4世代のジェット機といわれている。

製造
昭和57年(1982年)
座席
288
最大速度
910km/h
航続力
3,370km
全幅
47.6m
全長
54.9m